柴田泰(Yasushi Shibata)について


ひまじん自画像
ひまじん自画像
千葉県市川市在住の ”ひまじん” 柴田泰です。
児童館などでこどもたちと工作を楽しみつつ「ひま道」修行中です。
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「ひま」な時には「工作」を!

こどもの頃「ひま」があると「工作」をして楽しんだものです。
私にとってこの「ひま」はとてもとても大切なものでした。

おやつに食べたお菓子の空き箱、ジュースを飲んだストロー、トイレットペーパーの芯、割り箸、紙コップ、牛乳パック・・・・
じ〜っと見ているとあら不思議。いろいろなものに見えてきます。
しかし大人になってそのような時間がほとんどなくなってしまいました。とても残念なことです。

ここではこの「ひま」について少しお話したいと思います。

まず「ひま」の意味を確認してみましょう。(←ありきたりのフリですけど)
辞書によると「ひま」とは
今しなければならない仕事などがなくて、自分の好きなことができるのんびりとした時間や状態
とあります。

つまり「誰にも、何からも束縛されないのんびりとした自由な時間」ということでしょうか?
私がこどもの頃にはこの「ひま」がたくさんありました。
雲の流れ、川の流れ、砂浜に打ち寄せる波、夕日が町を赤く染めていく光景、空一面の星をぼーっと眺めている時間がありました。

壮大な宇宙のこと、土の中のアリの生活のこと、明日のこと、遠い未来のことを誰にも邪魔されず自由に空想しました。

高く泳げ! こいのぼり ジャズ 自由な音楽 きぐるみ 誰もいない東京

今のこどもたちにこの「ひま」はあるでしょうか。

本来「ひま」であるべき時間は、塾やスイミングなどの習い事、テレビやゲームなどに食いつぶされています。まるで「ひま」であることはいけないかのように大人はこどもたちの「ひま」を取り上げ続けているのです。

大人にとって人生の中で最も無駄なものが「ひま」なのかもしれません。
あるいはこどもに決して良いことをもたらさない「悪」のようなものなのでしょうか?

学校5日制がもたらすはずであった「ゆとり(ひま)」の場も、学力低下という理由で「学び」の場へと変えられ、これまで以上にこどもの「ひま」は奪われる結果となりました。

土日祝日は様々な機関が主催する体験学習などのイベントで埋め尽くされています。

つまりこどもにとって「自由な時間」は、大人からみた「意味ある時間」へと置き換えられていっているのです。

その結果、自由に想像するといった経験がないこどもが増えています。

一方、商業主義に立脚した大人の文化がこども文化を容赦なく侵食し、こどもたち自身も遊びや楽しみは人から与えられるものだと思っているようです。

工作の素晴らしい点は自由な発想にあります。自由に発想することが楽しいのです。この自由に発想する力は「ひま」が育てているのだと考えます。

大袈裟かもしれませんが、今起こっている様々な青少年問題の解決のカギはこの「ひま」にあるのではないかと考えます。

失われた「ひま」をどうやって取り戻すか、それが問題です。

ひま」な時には是非工作をしましょう。

ひまじん

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